ENERGYPASS

「紫電一閃」

ドイツ環境ジャーナリスト 村上敦 コラム

2013年5月13日の水曜日、建築物の省エネ性能を規定する〈省エネ法〉、および〈省エネ政令〉の改正内容を審議していたドイツ連邦議会の建設委員会は、非常に興味深い決議を保守会派側の賛成で押し通しました。ドイツではほとんどのケースですでに設置が禁止されており、同時に取替え義務まで発生し、2019年の年末までには特例の設備自体も取り替えが決められている「電気式の蓄熱暖房機」について、2020年から解禁するという決議です。

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3.11の震災前までオール電化がかなり進められた日本において、とりわけ寒冷地では電気式の蓄熱暖房機は普及していますので、今回のこのドイツのニュースを解説することで、電気式の蓄熱暖房機について議論してみましょう。


◆ドイツにおける蓄熱暖房機の歩み
ドイツにおける電気式の蓄熱暖房機は、50年代、60年代に石油式のストーブやボイラー、あるいは豆炭/石炭ブリケット式のストーブなどの代替手段として普及がはじまりました。とりわけ60年代のドイツでは、経済の高度成長が社会を覆い、それは電力需要の急増を引き起こし、日中のピーク時の電力消費出力も急増します。火力、および原子力発電所は日中のピーク時の最大需要に合わせて出力を増強しなければなりませんが、夜間は電力需要が低いため、発電出力に余裕ができます。

火力発電所の燃料である化石資源がまだ安価な時代です。発電所の稼働率を向上させ、電力事業者の経済性を向上させるためには、夜間でもできるかぎり発電所の連続運転をさせたいところです。こうして、夜間の電力需要を掘り起こすために、昼間の通常の電力価格よりも大幅に安価な電力を販売する「深夜電力料金制度」が形作られ、それとセットで、電気式の蓄熱暖房機(夜間の安価な電力で蓄熱体を温め、全日の暖房源とする)と深夜電気温水器(夜間の安価な電力で温水を作りタンクに貯め、それを全日の給湯源とする)の普及がはじまりました。

同時に、当時のドイツ社会は、政治的に原子力発電の推進で一色だった頃です。出力調整が苦手な原子力発電所の弱点、つまり電力需要の少ない夜間においても発電しすぎてしまう電力を有効利用するために、原発&深夜電力料金制度&蓄熱暖房機&深夜電気温水器の組み合わせは「夢のパッケージ」として喧伝されました。

しかし、ドイツでは、いろいろとその夢のパッケージにもケチがつくようになります。未だにその「夢のパッケージ」が国中で広がっているフランスや、遅れてそれを「夢のパッケージ」として普及を急いだ日本とは異なります。

・まずは、1973年のオイルショック。エネルギー価格全般が急騰することで、エネルギー価格に関して消費者は敏感になり、そもそも昼間の時間帯に割増して徴収していた利益によって、ダンピング価格で安価に販売していた深夜電力は、それほどあからさまに安価で販売することが許されなくなりました。

・1986年のチェルノブイリ原発の大事故。すでにこの頃、一部の政党、市民からは安全性、倫理性について批判的に見られていたものの、社会のメインストリームは夢のエネルギー源とみなしていた原子力発電所が、この事故で幻想であったことが暴露された出来事です。それほどチェルノブイリ原発事故はドイツ社会に大きなインパクトを与えたのです。

当然、原発に反対する人びとが急増することで、同時に経済性にもそれほど優れていない蓄熱暖房機に人気が集まることはなくなりました。効率が大幅に改善された(潜熱回収型の)石油/天然ガス・ボイラーによって全館を温水で暖房するセントラルヒーティングがドイツの建築事情では一般的となりました。

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「(熱から低効率で生み出した貴重な)電力で熱を発生させるなんて、バターをチェーンソーで切るようなものだ」という考えが社会に浸透するのもこの時代です。

・1999年のエコロジカルな税制大改革により、電力税(CO2税)が電力料金に加算されるようになると、それほど魅力的な価格でなくなった深夜電力料金制度に頼る蓄熱暖房機は、ますます特殊なケースにしか導入されることはなくなりました。特殊なケースとは、自身が電力大手に勤務している(冗談です)、あるいは建造物の制約で全館に温水暖房管が配管できない、などです。
・そして2009年、ドイツの建物における省エネ性能を規定する〈省エネ政令〉の改正時には、第10条で、以下の様な厳しい取り決めが蓄熱暖房機に下されます。

◎5世帯以上の集合住宅、および利用延べ床面積500m2以上の非住居建物においては、電気式の蓄熱暖房機を使用してはならない。

◎例外は、脱衣場だけの暖房で利用するなどの小型暖房機、あるいは冬季を通じて室温を一定にしない別荘、あるいは他の暖房手段を用いることで著しく経済性が悪くなることが認められた特殊な建物(歴史的建造物)などに限られる。

◎4世帯以下の集合・戸建住宅、および利用延床面積が上記を下回る非住居建物においても、設置後30年を経過した段階で、蓄熱暖房機は交換の義務が発生する。ということで、例えばドイツに住宅のストックは4.050~4.100万戸あると言われていますが、全土で設置されている電気式の蓄熱暖房機は、現在、わずか150万機であると推定されており、このままで行くと2020年にはほぼ消滅することになるでしょう。

同時にほとんどのドイツの地域で、すでに長らく蓄熱暖房機や電気給湯器向けの「深夜電力料金制度」は廃止されています。「バターをチェーンソーで切る」愚行をドイツ人はしなくなったわけです。
めでたし、めでたし・・・と、ことはそう単純ではありません。(次回につづく)

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村上 敦氏

ドイツ在住の環境ジャーナリスト、環境コンサルタント。日本で大手建設会社勤務後、環境問題を意識しドイツ・フライブルクへ留学。フライブルク地方市役所建設局に勤務の後、フリージャーナリストとしてドイツの環境施策を日本に紹介しています。南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPO法人などのネットワークも広い。

http://www.murakamiatsushi.net/